2019年06月11日

232FCクラシック

クラシックギタリストが主人公の平野啓一郎「マチネの終わりに」。
本をざっと目で追ったかぎりでは、「オレの愛器・〇〇!」的なプッシュはなく、たしか、スモールマンは合わなかった、フレタ、フレデリッシュは地震の時も無事だった、みたいな表記がわずかにあったような。(いいかげんな情報です。あしからず)

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11月公開の映画版ならびに福山雅治ライブではアントニオ・マリン・モンテロを使用ともいわれる。去年の紅白で使っていたのがそれかも。
現時点の広告ではギターの露出はゼロ、とはいえ、まもなくクラシック/ナイロン弦ブームが来るかもという希望的観測が楽器業界にはあります。

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兵庫県川西市立東谷中学校の第2理科室から聴こえてきた音色にひかれてギタークラブに入部。中学2年でアコギをはじめつつ、以来、大学の部活でも熱心にクラシックギターに取り組んでいた、つもりですが、
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1987年頃の部活練習中の写真。チョケて、周囲の嘲笑を喰らってますねぇ...。

工房スタートにあたり、純クラシックの製作は考えていなかったものの、ヘッドは最初からエレガットに転用しやすいデザインにしていました。

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そして今年、「クラシックギター」らしい雰囲気を残しながら、アコ、エレキ奏者にとって弾きやすく、プラスアルファも盛り込んだエレガット「232FC "Classic"」を製作。

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ヘッドはもちろんスロッテッド。装飾は落ち着いた輝きの「黒蝶貝」をシンプルに入れました。
この上なく丁寧に木部の加工/調整をしたので、ペグの回転もきわめてスムースです。

ナイロン弦でも一般にネック反りは発生しうるので、アコ同様アジャストロッド+カーボン2本をネックに埋め込み、ヘッド側で調整できるようにしています。

ナット幅は47mm。1−6弦ピッチは38mm。
43mmくらいの方が個人的には好みなのですが、いろんな方に仮加工したものを試してもらった結果、細いのはかえってエレガットらしくないという意見が多かったのでした。

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トップ材はジャーマンスプルース。ブレーシングはダニエル・フレデリッシュのスタイルを少々取り入れた、クラシックらしいファンタイプ。
えらいもので、これによりトップ鳴りというか弦のレスポンスがしっかりクラシックギターのテイストになります。

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クラシックらしい外観/仕様は残す一方、400R指板に合わせて、ブリッジにもRがついている。
サドル側の弦ピッチはアコと同様、1-6弦で55mmです。

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5mm幅のベベルド・コンター、フローレンタインカッタウェイ、ボディサイド側ストラップピン、14フレット位置ジョイント、1弦のみ延長指板・24フレット、といった所が特徴。
ピックアップはL.R.バッグスのリリック。トップ鳴りを上手に拾っている印象です。

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塗装は通常のアコと同じポリウレタンを気持ち薄めに。シェラックやラッカーも検討しましたが、手入れがしやすく、どんな演奏環境でも安心して扱える点を重視しました。
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ともかくは演奏性や音も良い具合に仕上がり、「宿願」みたいなものが叶って私は結構満足しています。
これを基本としたカスタムもお受けいたしますので、気になる方はご検討ください。
<以上:明日香弦楽器
posted by Satoshi Orisaka at 23:35| 製作

2019年04月01日

ロゼッタ用インレイ加工

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ロゼッタ/口輪に使うインレイは、加工済み品を大和マークから入手できます。
ラインアップにない寸法(幅、内径/外径)やその他素材でも、特注で加工してもらえます、が、多少お高くなります。

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ギター製作参考書の定番「guitarmaking; TRADITION AND TECHNOLOGY」には加工の方法が紹介されており、今回はこれを参考にしながら、自分なりの冶具を作ってゆきます。

なお、大和マークのパーツは断面の感じからして、今回とは別の、もっと効率的な加工法によるものと思われます。
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まずは内側を削るパーツ。ボール盤用の自由キリで円盤を作り、軸と布ヤスリを取り付ける。

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貝は20mm幅に。台座のガイドに沿わせながら、内径をけずってゆく。けっこう簡単。

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外側はいったん糸ノコで切りだす。

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1.5mm厚のインレイを固定するパーツを作る。

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そして台座に設置。外側の半径を支点に、回しながら外側を削ってゆく。
希望の寸法にするには、台座位置の微調整がそうとうに必要です。

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そうして、ようやく完成。

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使用例1;ギター用、アバロン緑・ラミネート、幅5o。内径58.5R。
大和マークでも同サイズ品はあるが、ラミネートではなく1枚貝。なので、自然な美しさがあるものの、削りすぎると色味が変わるので注意、そして値段が高い。
自前のものは緑の色味が安定的かつハデで、安くできる、というメリットがある。

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使用例2;ウクレレ用、白蝶貝、幅3.0mm。内径31.7R。
今まで1.5mm幅しかなかったので、今後はアバロンなども使用してより華やかな口輪を作れるようになります。

そんなわけで、工房の加工技術がほんのちょっと進歩した、というお話しでした。
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新元号「令和」が発表されましたね。典拠は『万葉集』だとか。

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日本最初の元号「大化」が生まれ、万葉集とのゆかりも深い明日香村周辺のソメイヨシノは満開直前。
世間では10連休も控えているそうですが、大阪/東京での展示会の準備に加え、ご当地楽器「おやゆびピアノ」の充填などでドタバタしています。
<以上>
posted by Satoshi Orisaka at 11:53| 製作

2019年03月07日

プリンセス・カイウラニ

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先日の「明日香の匠展」に出したテナースケール/コンサートボディの8弦ウクレレ。
ウクレレの機能・サイズ感・美しくもはかない音色は大好きですが、行ったことすらないハワイに強い思い入れがないこともあって、これまであえてコア材を使っていませんでした。

今回のブラックコア材ウクレレの製作にあたっては、「日本:ハワイ」の関連性を大上段から振りかざしてみることに。
旧ハワイ王国「カイウラニ王女」への献呈品を想定し、さらに本年5月の「即位」というイメージを加えてみました。
(なお私自身、特に右/左派的な志向はありません。)

[指板部デザイン参照元:正倉院宝物/金銀平脱背八角鏡、中原哲泉筆/菊御紋鳳凰菊唐草文花瓶下図、大正天皇即位時の八稜鏡形鳳凰文ボンボニエール]

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音出し調整はまだです。多少手直しをして5月の展示会にもってゆきます。

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カイウラニ王女についての解説はてっとり早く;
Wikipedia(日本語)  Wikipedia(英文)

郷土が大国に飲み込まれる過程に生き、日本との縁もあった、悲劇の王女というわけです。

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カイウラニの和装写真。1898年撮影。


2009年の伝記映画「プリンセス・カイウラニ」はロマンス要素を入れつつも、史実はきっちりフォローしている作品です。映画全編。字幕なし。
(日本の話は出てきません。)

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以上、で今回は終わっても良いのですが;

私の父方の曽祖父は松江からハワイに移民して、まもなくカリフォルニアに移り(記録上は1902年渡米)、1922年に松江に戻っている。
子供の教育のためとか、男の跡継ぎができなかったから帰国したと聞いていますが、おそらく、当時は日系移民にとってお先真っ暗な社会状況だったのではないか、と。

そんなこともふくめ、ハワイ/カイウラニ/日本関連をごく私的に整理した年表です。

・先史時代
・1778年 ジェームズ・クック来航
・1795年 ハワイ王国建国
[1867年 日布親善協定]
[1871年 日布修好通商条約締結]
*1875年 カイウラニ出生(母・ハワイ皇族、父・イギリス人実業家)
*1881年 カラカウア王来日。カイウラニ王女と山階宮定麿王との婚姻を明治天皇に提案
[1885年 日本からの官約移民開始]
*1889年 カイウラニ、イギリス留学
[1890年 カリフォルニア州への日本人集団移民開始]
・1893年 現地アメリカ人によるクーデター。ハワイ王国滅亡。臨時政府成立
[    日本、邦人保護を理由に軍艦2隻を派遣。(艦長は東郷平八郎)]
*    カイウラニ、訪米。ホワイトハウスにて大統領と面会(併合反対を主張)
・1894年 ハワイ共和国成立
*    リリウオカラニ元女王、カイウラニにカヴァーナナコア元王子、他ハワイ皇族または小松宮彰仁親王いずれかとの婚姻を提案
*1897年 カイウラニ、ハワイに戻る
・1898年 アメリカ自治領化。(準州/territory)
*    カイウラニ、カヴァーナナコア元王子との婚約を発表
*1899年 カイウラニ病死(23歳)
[1906年 アメリカ政府、帰化法を改正(日本人の帰化拒否)]
・1959年 ハワイ州成立

1894年の小松宮彰仁親王(のちの陸軍元帥。当時48歳)との縁談については英文Wikipedia記述情報。夫人との間に子供ができなかったことも勘案されたのだろうか?

カイウラニは憂国や献身の気持ちがとても強かった人なので、日本の時世しだいでは(鹿鳴館的な欧化時代をすっとばして軍拡してたら、とか)皇室とつながった可能性もなくはなかったように想像してしまいます。

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ハワイはネイティブの人口が歴史的に10-30万人程度であったり、もともと国家の概念のない諸島であったりするのですが、いろいろ知ってしまうと、リゾート、エンタメといった表面的なイメージに対して、私は「なぁんだかなぁ...」と思ってしまうのです。

楽器製作ではそんなことなど考えない方が良いのでしょうが(アロハでも着てニコニコしながら作っている方がウケも良いと思う)、以前からのわだかまりと向き合いたかったので、今回のウクレレ作品はあえて大げさに取り組んだ次第なのでした。

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<以上>
posted by Satoshi Orisaka at 02:18| 製作